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実体験の前には理屈も知識もひれ伏すしかない

2月20日、水曜日。

銀座ライオン沼津店にて一席。

お店の常連さんによる「ライオン会」の集まり。

前座の頃からお世話になっておりまして。

してみりゃ長いね。

独りで行く営業の仕事はこれが初めてだったんじゃないかな。

沼津での独演会の打ち上げでもよく行く銀座ライオン。

やっぱりビールはこういうとこで飲むのが美味い。

 

毎度のことながら、開演前にビールを飲みだす皆様。

それを目の前に酒の噺をやる自分。

想像の話芸ったって限度がありますよ。

終わればビールだと念じつつどうにか落語お開き。

良いお客様だった。じっくり聴いてくれた。

笑うだけがリアクションじゃないのよ。

落語なんて爆笑するもんでもないし。

 

宴席開始、ビールを一気に流し込む。

最近ビールあんまり飲まないんだけど

きちんと注いだビールは美味いに決まってる。

美味しんぼでもそんな話あった。

 

酒席で聴ける話ってのが好きでして。

この日、隣に座ってたおじさまから

戦時中の話を聴いた。

何でそんな話題になったかは失念。

私の様な若輩者を見て話したくなったのか。

その人のお父さんの実体験らしいんだけど、

戦時中、水が不足したと。で、米も炊けない。

そういう時は米を布でくるんで土に埋めて

その周りで火を焚くんだと。

そうすると土に含まれる水分を利用して

米を蒸す事が出来るんだそうな。

ほぉー…、と。

知らなかった。思いつきもしない。

水が無い、っていう状況に追い込まれた経験無いから

そういう知恵を絞るシチュエーションも無い。

窮地に追い込まれた時の閃きは凄い。

ビールを飲むのも忘れてしばし話を拝聴した。

知識を蓄えるのも大事だけど

やっぱり実体験には敵いませんな。

 

ペットを飼う人って多いと思うんですよ。

で、飼い主である人間が勝手に名前を付けるわけです。

言葉なんか通じないのに何でその言語、音声を

動物側が自分の呼称として認識するのか、

どうやってそれを処理してるのか

子供の頃から疑問だったんですよ。

最近、道楽師匠・全楽師匠のお二人が

私を「ゴリラ」と呼ぶわけです。

始めのうちは「人間です」「ゴリラじゃないです」

ってその都度訂正してたんですけど

ある時を境に、ゴリラという言語に

謎の愛着がわき始めたんですね。

それと同時に全部ツッコんでくのが

少しめんどくさくなってきたわけです。

その内に自分はそんなにゴリラっぽいのか、

これだけ言われるって事はもうゴリラなんじゃないかと

思い始めてきまして。

で、しまいには呼ばれて返事するまでになった、というのが

ここ最近の状況。

「ゴリラじゃないです」

→「はいはいゴリラゴリラ」

→(あれ、俺ゴリラなのかな)

→「どうも、ゴリラです」

こういう感じ。

長年の疑問を解決する糸口も実体験で得られそうです。

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コメント

なるほど~。そうやって認識していくんですねえ。なかなか説得力がありますねcatfaceそして素敵な感性をお持ちでいつもブログで感心しております(笑)

投稿: ウォンカ | 2013年2月24日 (日) 21時52分

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