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張り合った先にあるのは徒労だけ

いや、高松凄く良いところでしたよ。

円楽師の独演会で前方勤めたんですけど

凄く熱心に聴いてくれるお客様。

品の良い、うちの師匠が喜びそうな客層でした。

重い客、って楽屋で言ったりするけど

笑いが発生しなければ失敗という見方は

そもそもおかしいと思うんで。

落語ってホントは爆笑するもんでもないでしょ。

物語を聴いてる中で、つい笑っちゃう、

そういうのが落語だと思うわけです。

爆笑派の方が派手で見栄えもするし

需要は多い、つまり売れると思うんだけど。

笑ってないからお客さんが飽きてる、ってのは

つい思いがちだし怖くもなるけど

自分がライブとか観に行く時、そんなに感情表現しないですよ。

じっくり聴いてる、表に出さないけどしっかり見てる聴いてる、

そういう鑑賞スタイルだって大いにありなわけで。

笑い至上主義ってのも考え物でして。

 

高松でお泊りだったんで、ホテルにて

円楽師にお酒ご馳走になりながら

色々お話聴かせて頂いたんですけど。

「俺より下の世代はビフォーアフターだ」と。

師匠の世代は、教わった落語という家屋を

修繕し、補強し、その造りをきちんと生かして

自分のものにしていったけど、

今売れてる人、面白いって人は

リフォームしますっつって重機持ってくる感じだと。

土台だけ残してあとはぶっ壊して建て直す。

「それがまた良いんだよな…」と師匠。

 

噺をガラッと変える、独自の視点で再構築するってのは

良い響きだし、憧れます。

新しい工法、見たことない間取り、斬新なアイディアが無いと

飽きられちゃうのも分かるんですけど

昔ながらの日本家屋が結局一番なんじゃないのと

思いたくなる時もあります。

 

「張り合ったって無駄なんだ」と円楽師。

下の世代、若いセンスを発揮する人らと

同じ土俵で戦っても意味が無いと。

だったら自分に出来る事をやればいい、とのこと。

結果的に生き残ればそれで良し。

宮本武蔵も同じ事言ってたんですよ。

弟に聞いたんですけど。

自分は笑いの量で勝負出来る人間じゃないんで、

その辺はもういい加減捨てた方が賢明かな。

身近に凄い爆笑派の兄弟子がおりますんで…。

かといって江戸前の芸も無理。

身近に凄い江戸前の兄弟子がおりますんで…。

斬新なコード進行も、都会的なメロディーラインも

私からは発生しないと思います。

ジャングル奥地の部族に伝わる民族音楽ってとこでしょ。

先日、講談の先輩に

「講釈のネタの方が向いてるんじゃないの」と

言われたのが、何かヒントになるんじゃないかなと

思ったりする今日この頃であります。

落語に向いてないのかな!とか思うと怖いから

それについては見ないふりしとこう。

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コメント

初めてまして、いつもブログ楽しみにしております。
今回の記事を読んで自分が円楽師匠の咄が好きな理由がわかった気がしました。
上手くたって、なんだって好みじゃなければ…
(あっ昨日の円楽師匠の饅頭こわいは大爆笑でした)

昨年の一門会で橘也さんを初めて拝見しましたが、始めはこう言うタイプなのか~と少し思ってしまったのですが咄に入ってからはとても楽しめました。生意気ですが、“好み”でした。

投稿: ももあん | 2013年2月15日 (金) 23時29分

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